最初はかるた

いつ頃、どのようにしてトランプで遊ぶようになったか、今では定かに覚えていない。親も毎日前を向いて生きているので、1日で生きる時間が濃い娘の成長をいちいち記録していることもできず、気がつくと今だったということの繰り返しだ。だから、断片でもトランプやゲームの記録が残っていると記憶の整理に役に立つ。こうやって書いているうちに、以前のことを思い出すかもしれない。

一番最初は、絵本とセットの、ひらがなが書かれた特大サイズのカルタだった。これでひらがなと単語を覚えていった記憶がある。いつの頃なのかあまり記憶にはない。まだ小さくて雪で遊んだりできなかった時に、「ゆき」という絵とカルタを読めるようになって、雪が降ったら遊ぼうね、と笑った記憶がある。

その次にトランプだったような気がする。最初は、スートの形と呼び方を教えた。結構早く形と名前を覚えて、そこらじゅうにある菱形を「ダイヤ」と言い出し、スーパーで飛んでいる風船を見ては「ハート」と騒ぎ出した。家にはトランプの本がたくさんあるので、スートの形を覚えるにはこと欠かなかったのかもしれない。今でも、ポスターに書かれた電話番号で、2552と並んでいたりすると、「ツーペアだ!」とか言っているので、世の中のいろんなことを、トランプを通して勉強したのかもしれない(w。

最初に遊んだトランプゲームは、神経衰弱とババ抜きだった気がする。ジジ抜き:おとうさんはデックのジョーカーをさっさと捨ててしまうため。その頃はひらがなは読めても数字が読めなかったので、読めなくとも同じ数字の形を集めれば得点になるゲームはできた。特にジジ抜きは、おとうさんもおかあさんも一緒に大騒ぎできるゲームだったので楽しかった。

神経衰弱は、数を減らして12枚で遊ぶことが多かった。とにかくルールを簡潔に覚えやすくして、トランプで遊ぶことがメインだったので少ない数の神経衰弱は効果があった。理解度に合わせて数を増やして行くこともできた。しばらく、ジジ抜きと神経衰弱が楽しいトランプゲームの代名詞であった。

4才の誕生日に「人生ゲーム」

ゲームとしては、かるたとトランプが長く続き、次におかあさんが大好きなジグソーパズルをやらせてみたら、熱中して遊び出したので驚いた。おかあさんと2人で1つのパズルを作り上げるのが楽しかったのかもしれない。そして、おかあさんが双六を与えてみると楽しそうに遊んだので、そろそろ何かボードゲームを買おうかと思っていたところ、ちょうど4才の誕生日のころに、おかあさんが懸賞で「人生ゲーム(特製ステップワゴン版)」を当ててくれたため、毎日2回づつ遊ぶほど熱中。半年以上続いた。

この版は通常の人生ゲームと違って、保険のルールとかギャンブルとかが少なくて、デザインもあっさりして見やすいため、子供が最初に触れる人生ゲームとしては最適だったと思っている。職業も、人気は「野球選手」。ランクアップすると「メジャーリーガー」となる。次は給料の高さから「パイロット」。ランクアップすると「宇宙飛行士」になれる。

紙幣の両替で、どう組み合わせると10万ドルになるか、という計算をはじめて覚えたのもこのゲームのおかげだ(w。緑の5万ドルと、黄色の2万ドルが2枚、水色の1万ドルが1枚、これで10万ドル!

こんな感じで思い出したら、そのうちぼちぼち続きます。