ありがとうございました

そういえば、ふと思い出した。

昨日は短いジン・ラミーだったが、娘をこてんぱんに破ってしまった。その後の運ゲーム、ドーナッツでも勝ってしまって、これで終わりというと涙をポロポロ出して権造(ごんぞう)になった。

しかし、最後におとうさんが「ありがとうございました。」と頭を下げると、娘も泣きべそをかきながら「ありがとうございました。」と頭を下げた。今のところはおとうさんに対してだから、こう挨拶することに抵抗がないのかもしれない。他の人に対してはどうだろうか。とにかく、これからもずーっと、教えていこうと思っている。娘に教えているのだが、実はおとうさん自身にあらためて刻んでいるというのが正しい。

「あそんでくれて、ありがとうございました。」トランプは1人ではできないから、勝っても負けても最後には「一つのことに、時間をともにしてくれて、ありがとうございました。」これはラグビーノーサイド精神と同じだろうか?もしくは剣道や柔道もそんな感じか?

「ありがとうございました。」その心は一生の財産になるだろう。そして、その上で、勝負に勝つことはまた別の話だ。