小学生おとうさん

ふと気がつくと、1週間更新をしていない。あっという間だなぁ。その間トランプ遊びをしていなかったわけではなく、おとうさんの状況として更新に時間が取れなかっただけだ。

娘の鉛筆の持ち方練習は、まったくその先進んでいない(w。しかし、読み書きそろばん、を大切にしようと思うので、今日からでもまた始めようと思っている。鉛筆の練習の代わりと言ってはなんだが、リフルシャフルの練習を始めた。デックを体の前に横に置き、両手の親指で手前側を揃え、中指、薬指でデックの向こう側を揃える。小指で左右を揃えたい所だが、娘の手はそこまで大きくないので、小指は両側に届かない。

その状態でデックを上下2つに分ける。そして親指で角をパラパラと左右交互に落としながら混ぜて行く。この時、親指でカードを落とす時に大きな音をさせる必要はなくて、上手にカードを落として行けばほぼ音がしない程度にできる。大きな音がするのは、カードを無理に曲げているからだ。

というリフルシャフル、「リフルシャフル2っていうんだよ」と娘が言うので何のことかと思うと、『夢中になる!トランプの本』にリフルシャフル2として写真入りで載っている。この本は、おとうさんよりも娘の方が目を通している。

鉛筆の持ち方と、同頻度の練習で、リフルシャフルも教えて行こうと思う。リフルシャフルができるようになると、大人と混ざって遊ぶ時にも、ディーラーや左隣でシャフルする人、右隣でカットする人、この流れを壊さずに済む。シャフルが一人前にできるのは悪いことではないと思うし、そろそろできそうな雰囲気なので、教えて、次のステップに進んでみようと思う。

おとうさんの小学生特訓

早いもので、娘は来年、小学生だ。そこでおとうさんも生まれ変わったつもりで、今までできなかったいろんなことを、まるで自分が小学生になった気分で、コツコツと練習しようかと思っている。

今までできなかったいろんなこと、それは、ほとんどがブリッジに関することなのだが、例えば、自分のハンド13枚を、ディールが終わるまで覚えていられない、とか、それはダミーのカードも同じなので、途中で思い出そうとしても記憶の基準が存在しないので、おっかけることができないこと。

また、プレイする前に、プランを練る場合、数手先までを頭の中でシミュレーションしてみること。これは、将棋とか遊んでいてもそうだったが、苦手中の苦手である。先の手を積み重ねながら読むことができない。

「build up a picture of the unseen hands」見えないハンドを描き出す。

そういう、自分が苦手だなぁと思ってきたことを、娘をだしにして、自分が実践して積み重ねて行って、できるようになりたい。と考えている。娘用の練習プログラムが必要となるだろうが、それは私用の練習プログラムでもある。というか、本来、おとうさんが克服したい課題のためのプログラムだ。

娘が将来的に、トランプやブリッジに興味を持った時、コーチとしていろんな技術等を教えたりできるようになるといいな、とも思うが、でもそれは自分の分を知らないわがままな考えだ。もしそこに喜びがあったとしても、まずおとうさんが自省してみると、それはすべて、自分自身が実現したいことなのだ。それをあきらめて、娘に託すなんてのは、あと30年くらい後だって遅くない。

さて、プリミティブな練習から始めて見ようか。13枚のカードを数秒見たあと、覚えるという練習。楽しいゲーム方式でできると、長続きするかもしれない。ああ、おとうさんも、娘という練習相手があれば、今まで絶対にできなかった技術が、習得できるかもしれないなぁ。英語の本を読むのもかたことで、さっぱり読み進まないので、将来的には娘に本を読んでもらって、概要を教えてもらうことになるのかもしれない(w。

全ては、自分が置き忘れてきたことを、もう一度、あきらめずに身につけるためのきっかけなんだろうと、最近少し、達観してきている。そう考えると、ゲームを続ける時間は今後40年くらいはありそうだから、自分が小学生になったつもりでも悪くないと思う。